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伝染病とトンデモ治療法の歴史について調べてみました。

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新型コロナウイルスの感染拡大が世界的な広まりを見せ、世界経済にも多きな影響を及ぼしています。

現在のところ、弱毒性であるものの、その感染力の強さから、各国にて感染国からの入国規制や国内での集会の自粛、マスクや消毒液を政府が管理・配給する制度の施行や非常事態宣言を宣言した国では警察や軍による治安維持が実施されるようになりました。

さらに、アメリカでは感染の拡大のともない銃や弾薬、サバイバル用品の売り上げが飛躍的に伸びるなど各国ごとの国民性が表れています。

さて、人類の歴史は伝染病と戦いの歴史でもあります。

今日でこそ伝染病の原因は細菌やウイルス等の病原体であるとわかっていますが、19世紀にパスツールやコッホが科学に基づいた近代感染症学を確立するまでは発生の原因が分かっておらず、様々な説が唱えられていました。

古代より伝染病の発生の原因をとして、神の怒りや怨霊の呪い、悪魔の仕業や天体の動きによるものなど、民間信仰や宗教的な考え方に支配されていました。

そのため、伝染病を治めるために祈祷や生贄など宗教的解決手段が多く行われ、この考えは近代まで続くことになります。

そして、人々は死の運命から逃れるために様々な奇妙な治療法を生み出していきます。
それでは、歴史に名を遺す悪名高い伝染病と人類の戦いを見ていきましょう。

まず、世界史ではおなじみのペストについてです。

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ペストという病

はペスト菌に感染したネズミがノミを媒介に伝染する伝染病で、皮膚の壊死や呼吸困難、敗血症などの症状がみられます。

特に皮膚が壊死により体中に黒いあざが広まっていく様子から、黒死病と呼ばれていました。

ペストは古代よりたびたび発生していましたが、もっとも猛威を振るったのは14世紀のヨーロッパでの大流行といわれています。

当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に当たる、約2000万から3000万人が死亡したと推定されていて全人口の30%から60%が死亡したといわれています。

当時は、黒死病が蔓延したことを、神が下した罰ととらえ贖罪のため身体に鞭をあてて各地を遍歴する者や免疫をつけるために便所や下水にかがみこんで悪臭を吸い込もうとする人びとまであらわれました。

また、戒律により比較的衛生的な生活を過ごしていたユダヤ教徒の感染が少なかったため、ユダヤ教徒が井戸に入れた毒が原因であるというデマが広まり、ユダヤ教徒への迫害や虐殺事件が発生しています。

また、ペストを専門に取り扱うペスト医師という奇妙な姿の医者が登場します。

ペスト医師はペスト患者の隔離、治療、記録を行うために都市に高給で雇われた医師ですが専門的な医学知識があるものは少なく、多くは普通の医師としての職にありつけなかった医師や若い医師、さらにはなんの医学教育も受けていないものが多かった。

その衣装は独特で肌を露出させないよう全身を覆う、表面に蝋を引いた重布か革製のガウン、つば広帽子、嘴状をした円錐状の筒に強い香りのするハーブや香料、藁などフィルターの代わりにつめた鳥の嘴のようなマスクと木の杖が典型的なスタイルでした。

これは、当時ペストの原因は悪性の空気が原因であるという瘴気論が有力であると考えられていたためで、杖で患者に直接触らないよう診察しました。

また、マスクの目の部分には赤いガラスのアイピースがはめ込まれ、悪霊を払う効果があると信じられていました。

実際の治療は瀉血が主な方法で、体内の悪い血液を抜き、体内のバランスを取り戻そうとしました。

また、死を前にした患者に死生観を説いたり、遺言の作成や患者の死亡記録を都市に提出する仕事をしていました。

有名なペスト医師として、フランスで活躍し、のちに予言集で有名となるノストラダムスがおり、治療や公衆衛生の改善を行ったとされています。

その後、ペスト菌の存在が明らかになり、抗生物質による一応の治療法が確立されました。

では、人類が打ち勝つことができた伝染病についてみてみましょう。

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天然痘

天然痘は人類が根絶することができた唯一の伝染病です。

1977年にソマリアで最後の感染症患者が確認されて以来、新規罹患者が確認されておらず、1980年にWHOが天然痘根絶を宣言しています。

天然痘は天然痘ウイルスを原因とする伝染病で感染すると、発熱後全身に膿疱があらわれ、最悪の場合呼吸困難により死に至ります。

その致死率は50%といわれており、たとえ回復しても全身に瘢痕が残り、失明などの後遺症に苦しめられます。

天然痘と人類とのかかわりの歴史も古く、古代エジプトのラムセス5世のミイラから感染の痕跡が確認されています。

その後も流行を繰り返しており、モーツァルトやスターリンなどが罹患していたといわれています。

天然痘は日本でも流行しており、伊達政宗や吉田松陰、夏目漱石が罹患し、孝明天皇の死因とされています。

その猛威から治療法が確立できず、信仰にすがることとなりました。

特に日本では流行のたびに寺院の建立が盛んにおこなわれ、その中には東大寺の大仏などがありました。

また、赤色に天然痘除けの効果があると考えられていて、赤い下着と身に着けたり、赤い紙を家に貼ったり、赤べこや猿ぼぼなどの玩具が作られるようになりました。

一方で、天然痘は生物兵器としての側面もあり、アステカ帝国やインカ帝国が征服された原因の一つにスペイン人が持ち込んだ天然痘があったとされ、天然痘に対する免疫を持っていなかった南米の人々に猛威を振るい、社会基盤崩壊の要因となりました。

また、フレンチインディアン戦争ではイギリス軍が故意に天然痘患者が身に着けていた衣類や毛布を敵対するインディアン部族に贈り物として送り、感染拡大を狙っていたとする説があります。

その後、ジェンナーにより種痘という予防接種により感染を防ぐ手段が確立し、1958年にWHOの根絶計画が実施され、1977年を最後の自然界に天然痘ウイルスは存在しないとされています。

ついに人類は天然痘に勝ったわけですが、地球上の2か所にまだ存在しているとされています。

それは、アメリカとロシアの感染症研究施設で、再び自然界に天然痘が出現した場合に備えての研究とワクチン開発のためとされています。

しかし、実際には天然痘の生物兵器への利用やそれに対する兵員防護のための研究のためではないかといわれており、また、セキュリティの甘さが指摘され、ウイルス流出や施設へのテロの危険が問題視されています。

天然痘が撲滅された現在、ほとんどの人類は免疫をもっておらず、かつてのインディオのように無防備です。

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まとめ

日本は予防や医療が発展しているので、コロナも他国よりは重症になるケースが少なく、回復している方の数字も多いとの事。

早く終息になりますように。

ご訪問ありがとうございました。

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